2018年5月10日

 

アイヌ政策推進会議座長 菅 義偉 様

 

現在のアイヌ政策の進め方についての意見書

 

アイヌ政策検討市民会議

世話人

代表 丸山 博 室蘭工業大学名誉教授

宇梶静江 古布絵作家、アイヌ解放運動家

清水裕二 コタンの会代表

田澤 守 樺太アイヌ協会

上村英明 恵泉女学園大学教授

吉田邦彦 北海道大学大学院法学研究科教授

 

5月2日の新聞報道によれば、政府はアイヌ民族を対象に昨年度行った意見交換会の結果を踏まえ、新法の方向性を示す見通しとのことである。現在、政府は、北海道各地のアイヌ民族が求める遺骨返還への誠実な対応を怠り、アイヌ民族の間では賛否のある民族共生象徴空間へのアイヌ遺骨の集約を急ぎ、アイヌ新法づくりを強引に進めているように見える。私たちはそのことに強く反対する。要点は以下の通りである。

 

  1. 近年世界では、国王や、政府、教会が植民地政策の下、先住民族に対して行ってきた歴史的な不正義に対して謝罪をし、先住民族との関係修復がようやく進められるようになってきた。今後、その流れを止めることはできないだろう。カナダの先住民族オジブワの長老は、「関係修復とは、先祖を敬い、土地に敬意を示し、国と先住民族との間の不平等な関係を見直す方向で進められなければならない」と述べている。この言葉を踏まえれば、日本においてもアイヌ遺骨の尊厳ある返還を行うことによって関係修復に向けて歩を進めることは可能である。現に、遺骨研究はその植民地化、同化政策を正当化するための手段であったことから、遺骨問題の解決はその背景の植民地主義への反省につながると考えられる。それにもかかわらず、そうした機会を自ら放棄し、アイヌ新法の制定を急ぐのであれば、日本がいまだに植民地主義から決別していないとの印象を国内外に印象付けることになるだろう。

  2. 2007年、先住民族の権利に関する宣言(UNDRIP)が国連の諸会議での20有余年の議論を経て、圧倒的多数の賛成によって国連総会で採択された。反対票を投じた4か国もその後すべて賛成に転じた。2008年から2014年に「国連先住民族の権利に関する特別報告者」として活躍した国際法学者、ジェームズ・アナヤ・コロラド大学教授によれば、「UNDRIPの目的は、歴史的に否定されてきた先住民族の自己決定権やそれに関連する権利を回復し、先住民族が現在の不利な状況を克服して、多数派と同様の地位を獲得できるようにすることである」という。つまり、UNDRIPは関係修復を進めるうえでの道しるべといえ、日本政府には憲法98条第2項に基づき遵守することが求められる。アイヌ新法の進め方は、政府主導の下、本来自己決定権をもつべきアイヌ民族を対等に扱うことなく、一方的に意見聴取するなど、植民地主義的であり、UNDRIPを踏みにじるものといっても過言ではない。

  3. 二風谷ダム判決でアイヌ民族の文化享有権が認められ、同年5月、アイヌ文化振興法が制定された。しかし、同法は文化享有権にも他の権利にもまったく触れていない。2008年6月、日本政府がアイヌ民族を先住民族と認めて以降も、同法は一字一句変わっていない。アイヌを先住民族とも書いていないのである。さらに文化享有権には文化に関する自己決定権が含まれているにもかかわらず、同法はアイヌ文化を言語や音楽、舞踊、工芸等の文化的所産に限定している。これでは国がアイヌ文化を規制していることになり、植民地主義の下、アイヌ民族の領土を奪い、各地で強制移住を行い、伝統的な狩猟・漁労も禁じるなど、アイヌ文化と不可分の土地との関係を断ち切ってアイヌ文化を壊滅させたことの代償を払うことからは程遠い。したがって、アイヌ民族は今なおアイヌ文化にとって重要なサケを自由に取ることすらできず、国際捕鯨委員会の定める先住民族生存捕鯨もできない状況にある。アイヌ文化振興法に内在するこうした重大な欠陥はすでに国内外の研究者から指摘されていることであり、そのことを放置したまま、生活や教育に関するアイヌ新法を作るなら、関係修復という今日の国際社会の流れに逆行するといわざるを得ない。

  4. 私たちは、2016年4月から2017年10月の一年半の間に6回の集会において、多くの市民の参加の下、アイヌ政策の諸問題について、アイヌのフチ、エカシの貴重な報告に多くのことを学びながら、歴史、文化、教育、法律などの学術的観点から検討してきた。その後、それらをまとめる作業に着手し、2018年4月、小冊子『世界標準の先住民族政策を実現しよう!』を作成した。そこには、アイヌ政策を論ずる上での不可欠な論点、また世界の趨勢を鑑みたアイヌ政策の進むべき道筋が示されている。アイヌ新法をつくるとすれば、上記の指摘とともに小冊子も踏まえ、福祉対策や文化政策ではなく、国際人権法に裏付けられた先住民族政策の礎となるよう、UNDRIPが規定するFPIC(自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意)原則に基づき議論を進めるべきではないか。
ダウンロード
現在のアイヌ政策の進め方についての意見書
180510opinion.pdf
PDFファイル 210.7 KB