アイヌ民族に関する研究倫理指針(案)


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アイヌ政策検討市民会議


公益社団法人北海道アイヌ協会ウェブサイトより

北海道アイヌ協会、日本人類学会、日本考古学協会及び日本文化人類学会では、これまで「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル」を設け、さらに平成30年1月10日、第1回「研究倫理検討委員会」準備委員会を設置し、アイヌ民族に関する研究倫理指針(案)を策定するため計11回の協議を進めて参りました。そしてこの度、「アイヌ民族に関する研究倫理指針(案)」が取りまとめられました


目次(案)

 

前文

 

第1章 総則

1.目的及び基本方針

2.本指針が適用される範囲

2-1.対象となる研究

2-2.日本国外において実施される研究

 

第2章 アイヌ民族が先住民族として有する固有の権利の認識とその尊重

 

1. アイヌ民族が個人または民族として有する固有の権利

1-1.「先住民族の権利に関する国際連合宣言」に明記された権利

1-2.アイヌ民族の文化遺産に対する固有の定義と考え方

1-3.先住民族の文化遺産に関する関連する国際条約や規約

 

2.アイヌ民族の伝統的知識と伝統的文化の尊重と保護

2-1.伝統的知識の継承と伝統的文化の表現に関する権利の尊重

2-2.伝統的知識と伝統的文化表現の保護

2-3.文化享有権とその尊重

2-4.見解の多様性への理解

 

第3章 研究者の責務

 

1. アイヌ民族の有する先住民族としての権利の認識と尊重

 

2. 研究対象とすべきでない資料

 

3. 秘匿すべき伝統的知識や文化遺産の認識

3-1. アイヌ民族自らが決定する権利

3-2.資料や伝統的知識開示の制限

 

4. 研究によって得られた成果のアイヌ民族との共有

4-1.情報源と研究に貢献した人々への感謝

4-2.研究によって得られた成果や作品、共同制作に関する協議

4-3.知的財産権に関する専門家からの助言の必要性

4-4. 研究成果の公開と共有

 

5.研究倫理の審査

5-1.審査対象となる研究

5-2.研究計画の審査及び関連する法令や指針の遵守

5-3.報告義務

 

6.教育・研修

6-1.研究実施に先立つ研修の受講

6-2.受講の継続性

 

第4章 研究・公開の開始に先立つ協議と自由意志による同意

 

1. 「研究に先立つ協議と自由意志による同意」の重要性

1-1. 研究の基礎としての同意

1-2. 意味と手順の理解

 

2.同意について

2-1. 同意の意義

2-2. 合意文書の作成

 

3.協議について

3-1.研究の協議

3-2.進捗状況の報告と共有

3-3.研究の見直しと協議

3-4.研究の中止

3-5.研究資料の二次利用について

3-6.人体から取得された試料・情報の二次利用について 

 

第5章 遺跡などから出土したアイヌ民族の遺体及び副葬品の取り扱い

 

1.出土した人の遺体に対する敬意と尊厳を持った取り扱い

1-1.死者に対する敬意

1-2.アイヌ民族の意思の尊重

 

2.アイヌ民族の歴史的背景への配慮

2-1.歴史的背景の理解と配慮

2-2.研究における配慮

3.出土したアイヌ民族の遺体や副葬品の発見通知と協議

3-1.出土したアイヌ民族の遺体や副葬品発見の通知

3-2.出土したアイヌ民族の遺体や副葬品の取り扱い協議

 

4.出土した人の遺体や副葬品を用いた研究

 

第6章 アイヌ民族に関する研究倫理審査委員会について

 

1.研究倫理審査委員会の設置

 

2.関連研究者団体と北海道アイヌ協会、及び国の協力

2-1. 関連研究者団と北海道アイヌ協会の責務

2-2. 研修の義務

2-3. 国の協力

2-4. 委員会名簿の公開

2-5. 委員会の開催状況の開示

 

3.委員会の役割

3-1. 中立的かつ公正な意見の提示

3-2. 研究計画の変更や中止等などの意見の表明

3-3. 侵襲や介入を伴う研究への意見の表明

 

4.委員会の責務

4-1. 守秘義務

4-2. 中立性及び公平性の確保

4-3. 教育と研修

 

5.委員会の構成

5-1. 委員の条件

5-2. 審査対象者の委員会への参加の制限

5-3. 有識者からの意見聴取

 

6.会議の成立要件

6-1.定足数

6-2.全会一致の原則

 

7.迅速審査

7-1.迅速審査

7-2.審査結果の報告

 

付記 用語の定義

アイヌ民族に関する研究倫理指針(案)

 

令和元年9月12日版

(12月10日修正意見を加筆)

 

 

前文

 

第61期国際連合総会において、我が国を含めた143カ国の賛成をもって採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が示すように、先住民族は独自の慣習、文化、アイデンティティ、言語を守り発展させる権利を持ち、またその権利についての自己決定権を持っている。このことは国際人権法において、条約等の締約国が人権及び基本的自由と平等を確保するための措置をとること並びに先住民族に対するあらゆる差別は、人種差別主義的であり、科学的に誤りであり、道義的かつ社会的に不正な行為であることをも唱導している。

 

研究行為は、学問の自由の下に行われるものであるが、研究行為やその成果が研究対象となる個人や社会に対して大きな影響を与える場合もあり、倫理的または社会的に様々な問題を引き起こす可能性がある。すなわち、学問は社会に対して説明責任を負うこと、また研究対象と学界に倫理的責任を負うことを自覚する必要がある。研究対象となる個人や社会の権利は、科学的及び社会的成果よりも優先されなければならず、いかなる研究も先住民族であるアイヌ民族の人間としての尊厳や権利を犯してはならない。また、「生物多様性条約」第8条(j)項の先住民族関連条項及び「同条約戦略計画の目標4」ほか、係る締約国会議での採択や決議文書には、近年の国際的な合意事項である「持続可能な開発目標(SDGs)」やパリ協定の達成に向けた重要な役割に関する同意事項などがあり、それらへの配慮も必要となる。

 

この「アイヌ民族に関する研究に関する研究倫理指針」(案)は、これまでのアイヌ研究が当事者不在のまま進められ、研究機関における長期間にわたる保管・管理状態の中に、アイヌ民族から見て適切とは言えない資料の取り扱いが少なからず見られたこと、調査の過程においてもアイヌ民族独自の世界観や宗教観に対する十分な配慮が欠如していたこと、何よりも、アイヌ民族と研究者との間で研究の目的や資料の取り扱いについて議論する場と機会がこれまで設定されなかったことによって、アイヌ民族の中に研究に対する強い不信感を抱かせる原因となったことを深く反省することから策定されたものである。

この指針は、アイヌ民族が先住民族として持つ、アイヌ民族に影響を及ぼす研究計画及び研究行為に公正な立場で参画する権利と、自らの文化と遺産を次世代へ継承するために適切に管理し、保持する権利を有することを研究者及び関係者に示したものである。研究者は、この原則に沿って研究を実施することが先住民族であるアイヌ民族の人権を守る上でも必要不可欠であることを理解すべきである。

研究者は、研究という社会的行為が研究者とアイヌ民族との間の信頼と相互理解の上にはじめて成り立つことを十分に理解し、研究のあらゆる段階においてアイヌ民族との対話と協働を心がけることによって、初めて研究する自由を享受することができると理解すべきである。研究者は、アイヌ民族が自らの慣習、文化、アイデンティティ、言語についての知識、情報を得る権利を持つことを十分に理解するだけではなく、第4章に述べるように研究に参画する権利を有する存在としてアイヌ民族に向き合うべきである。

 

本指針において示された原則は、アイヌ民族の歴史や文化に関係する研究において遵守されるべきものである。日本人類学会、日本考古学協会及び日本文化人類学会は、我が国においてアイヌ民族の歴史や文化に関わる研究者が所属する主要な研究者団体として、本指針を各々の団体に所属する会員に厳守させる責任を有することを認識し、北海道アイヌ協会とその意義を共有する。また、アイヌ民族に関する他の領域の研究者に対しても、アイヌ民族の有する権利を尊重し、本指針の諸原則を踏まえた研究の立案と実施を推奨する。本指針が目指すものは、アイヌ民族にとっても益する研究が進められる環境の整備である。

なお、ここで示される倫理指針は科学的研究と社会との密接な関係を反映しており、社会の変化に対応しつつ、修正、そして更新されるものである。

 

 

第1章 総則

 

1. 目的及び基本方針

 

この指針は、アイヌ民族に関する研究を行う際に研究者が遵守すべき事項を定めることにより、先住民族であるアイヌ民族の尊厳及び人権が守られるとともに、同時に学問の自由の下での、研究の適正かつ円滑な推進が図られることを目的とする。研究者は、次に掲げる事項を基本方針としてこの指針を遵守し、研究を進めなければならない。

 

  1. 先住民族であるアイヌ民族の権利の認識と尊重
  2. 「研究に先立つ協議と自由意思による同意」
  3. 独立かつ公正な立場に立った倫理審査委員会による研究計画の審査
  4. 研究におけるアイヌ民族の参画・協働・パートナーシップ
  5. アイヌ民族の個人及び社会への負担並びに予測されるリスクの回避
  6. アイヌ民族の個人及び社会への研究成果の還元
  7. 文化遺産の管理・利用へのアイヌ民族自身の参画と権利
  8. 研究の質及び透明性の確保

 

2.本指針が適用される範囲

 

2-1. 対象となる研究

本指針は、日本人類学会、日本考古学協会及び日本文化人類学会に所属する研究者が、日本国内において実施するアイヌ民族及びその歴史や文化、社会に関する研究を対象とする。

具体的には、研究の実施やそれによって得られる成果がアイヌ民族へ与える影響が明らかである研究計画、また個人情報を取り扱う研究のうちアイヌ民族に関する研究で、学術雑誌への論文投稿や書籍など広く社会へ公開を予定するもの、科学研究費助成事業など公的な研究助成や民間の研究助成等を得て行われる研究を対象とする。

なお、行政調査の一環として実施される埋蔵文化財調査は、管轄官庁の所管事項となるため、ここでの研究倫理の検討の対象からは除外している。ただし、調査報告書作成の過程において資料の破壊を伴う科学的分析を行う場合には、研究の対象とする。

研究の実施にあたっては、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(令和元年5月24日 法律16号)、「文化財保護法」(昭和25年5月30日 法律214号)など関連する法令、また人を対象とする研究の実施にあたっては、「死体解剖保存法」(昭和24年2月9日 法律204号)、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(平成29年2月28日 文部科学省、厚生労働省)、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(平成29年2月28日、文部科学省、厚生労働省、経済産業省)など関連する最新の法令や指針を遵守し、これらが規定する所定の手続きが行われることを前提とする。

 

2-2. 日本国外において実施される研究

我が国の研究者が日本国外において研究を実施する場合(海外の研究機関と共同して研究を実施する場合を含む)は、この指針に従うとともに、実施国の法令、指針等の基準を遵守しなければならない。ただし、この指針の規定と比較して実施国の法令、指針等の基準の規定がより厳格な場合には、この指針の規定に代えて当該実施国の法令、指針等の基準の規定により研究を実施するものとする。 

この指針の規定が日本国外の実施地における法令、指針等の基準の規定より厳格であり、この指針の規定により研究を実施することが困難な場合や、どちらかが厳格であるか判断が困難な場合には、次に掲げる事項を研究計画書に記載し、当該研究の実施について研究倫理審査委員会の意見を聞かなければならない。

①「研究の開始に先立つ協議と自由意思による同意」について適切な措置

② 研究の実施に伴って取得される個人情報等の保護について適切な措置

 

 

第2章 アイヌ民族が先住民族として有する固有の権利の認識とその尊重

 

本指針が規定する研究(第3章、5、5−1)に従事する研究者は、以下に関する基本的な知識や概念を理解し、かつこれに配慮して行動しなければならない。

 

1.アイヌ民族が個人または民族として有する固有の権利

 

1−1.「先住民族の権利に関する国際連合宣言」に明記された権利

アイヌ民族は、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」に示された権利を尊重されるべきである。すなわち、自らの歴史や文化、社会に関する研究計画及びその実施に対して、先住民族としての文化自己決定権や、自らの生活へ及ぼす影響を考慮し、すべての研究過程へ参画する権利を有している。

 

1−2.アイヌ民族の文化遺産に対する固有の定義と考え方

アイヌ民族は、自らの文化遺産について固有の定義と考え方を有しており、アイヌ民族は、このことを関連する研究に対して主張することができる。

また、アイヌ民族は、研究計画の立案及び研究の実施に当たっては、これに十分に配慮するように主張することができる。

 

1−3.先住民族の文化遺産に関連する国際条約や規約

アイヌ民族は、自らの歴史や文化、社会に関係する研究計画及びその実施に対して、先住民族が国際条約や規約などにおいて認められている文化遺産の保護と保持に関して定められた国際基準の趣旨と内容に沿って取り組むように求めることができる。

 

2.アイヌ民族の伝統的知識と伝統的文化表現の権利の尊重と保護

 

2−1.伝統的知識の継承と伝統的文化の表現に関する権利の尊重

アイヌ民族の文化的慣行は、環境資源及び伝統的知識と深く結びつき、自らの文化的アイデンティティの表明として継承する遺産の一部である。アイヌ民族は、自らの文化的慣行を執り行うために必要な環境資源を利用し、伝統的知識を継承する権利を有している。

 

2-2.伝統的知識と伝統的文化表現の保護

アイヌ民族の伝統的知識の継承と伝統的文化の表現に関する権利の保護は、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」に示されており、アイヌ民族は研究者に対して、その精神を十分に理解すること、先住民族としてのアイヌ民族の伝統的知識と伝統的文化表現の権利がアイヌ民族の知的財産の一部をなしていることを主張することができる。

 

2−3. 文化享有権とその尊重

アイヌ民族の伝統的知識と伝統的文化表現は、常に変化していくものである。アイヌ民族は、これらを基礎として創造されるものや、文化表現であるパフォーマンスやその要素についても、文化享有権や知的財産の所有権、著作権を有する。

 

2—4.見解の多様性への理解

研究者は、特定のアイヌ民族のコミュニティに関する理解を別のコミュニティ、又はアイヌ民族全体に一般化してはならない。アイヌ民族のコミュニティ内の個人やグループが多様性を持ち、多様な意見を有することを認識し、理解すべきである。

 

 

第3章 研究者の責務

 

1.アイヌ民族の有する先住民族としての権利の認識と尊重

 

アイヌ民族の権利の尊重

研究者は、アイヌ民族に関する研究を計画及び実施する際には、本指針の第2章第1項において示したアイヌ民族が持つ権利を十分に認識し、同第2項において示したアイヌ民族が独自の慣習や文化、歴史、言語、考え方を有することを理解し、その意向を尊重しなければならない。

 

2.研究対象とすべきでない資料

 

以下の条件に触れるものは、研究倫理の観点から見て研究対象とすることに問題があり、研究に用いるべきではない。

①「先住民族の権利に関する国際連合宣言」の趣旨に鑑みてアイヌ民族の同意を得ら

れないもの 

② 考古学調査において確認された埋葬遺体のうちで近代以降(1868年の明治維新以

降)に埋葬されたアイヌ民族の遺体や副葬品

③ ②に含まれない1868年以降に埋葬されたアイヌ民族の遺体やその副葬品。なお本

人や遺族の同意があるものは、この限りではない。

④ 学術資料として問題を有するもの(例えば、盗掘や遺族など直接の関係者の同意を

得ずに収集された資料や時代性、収集地に関する情報を欠除する資料など)。

⑤ その他、研究倫理の観点から見て、アイヌ民族の個人や地域団体に対して不利益を

与える可能性のある資料。

 

3. 秘匿すべき伝統的知識や文化遺産の認識

 

3−1. アイヌ民族自らが決定する権利

研究の実施や公開に当たっては、アイヌ民族の文化遺産に関する秘密保持についてアイヌ民族自らが決定する権利を有することを理解し、その意向を尊重しなければならない。

 

3−2.資料や伝統的知識開示の制限

秘匿すべき資料や伝統的知識は、それを有していたアイヌ民族又はこれらの管理を託された者による同意がある場合にのみ、開示または配布することが可能となる。

 

4.研究によって得られた成果のアイヌ民族との共有

 

4−1.情報源と研究に貢献した人々への感謝

情報源と研究に貢献した人々への感謝は、研究の基本原則である。アイヌ民族の知識が知的財産権に寄与する場合には、必要に応じて、当該研究から生じる知的財産権及びあらゆる利益について誠意を持って対応する。

 

4−2. 研究によって得られた成果や作品、共同制作に関する協議

記録された成果や作品、共同で制作された著作や収集した資料の将来的管理並びに適切な帰属については、知的財産権に配慮し十分に協議しなければならない。

 

4−3.知的財産権に関する専門家からの助言の必要性

アイヌ民族の知的財産権の具体的な検討に際しては、必要に応じて専門家による助言を求めるべきである。

 

4―4. 研究成果の公開と共有

 

5.研究倫理の審査

 

5−1.審査の対象となる研究

本指針の対象となる研究計画を立案する研究者は、アイヌ民族の歴史や文化、社会を対象とする研究活動のうち、以下に該当する項目について第6章で規定する研究倫理審査委員会の審査を受けねばならない。

 

①アイヌ民族及びその歴史や文化、社会を検証する目的で遺骨や副葬品を用いる研究

②アイヌ民族の儀礼活動や信仰に関わる資料を用いた研究

③アイヌ民族の歴史や文化、社会を検証する目的で個人や地域社会集団に対する聞き取り調査、録音記録や撮影映像などの記録的手法を伴う研究

④アイヌ民族の人類学的・生物学的・医学的背景の検討を目的とする、人体(死者に係る資料、情報を含む)を用いた研究

⑤アイヌ民族に関する個人情報(録音記録や撮影映像などを含む)を学術雑誌への論文投稿や書籍などを通じて広く公表する場合

⑥アイヌ民族に関する個人情報(録音記録や撮影映像などを含む)を記録媒体やインターネットの形で広く公開する場合

⑦その他、研究倫理の観点から、アイヌ民族に大きな影響を及ぼすことが推定される研究

 

5−2.研究計画の審査及び関連する法令や指針の遵守

研究者は、研究の実施に先立ち、研究計画書の審査を受けなければならない。また実施を許可された研究計画書や研究倫理の審査を受けたのちにおいても、研究計画書や委員会が示した意見を踏まえて、適正に研究を実施しなければならない。このほか研究者は、関連する法令や指針を遵守しなければならない。

 

5−3.報告義務

研究者は、研究の倫理的妥当性や科学的合理性を損なう事実、若しくは情報又は損なうおそれのある情報を得た場合には、速やかに、第6章の規定に沿って研究倫理審査委員会に報告しなければならない。 

 

6.教育・研修

 

6−1.研究実施に先立つ研修の受講

研究者は、研究の実施に先立ち、「前文」に記された「アイヌ民族との対話」の重要性を充分に理解したうえで、各学協会が提供する研究に関する倫理並びに当該研究の実施に必要な知識及び技術に関する教育・研修を受けなければならない。

 

6−2.受講の継続性

研究者は、研究実施中も適宜継続して、教育・研修を受けなければならない。

 

 

第4章 研究・公開の開始に先立つ自由意志による同意

 

1.「研究の開始に先立つ協議と自由意思による同意」の重要性

 

1—1.研究の基礎としての同意

「研究の開始に先立つ協議と自由意思による同意」(FPIC)は、アイヌ民族との協働による研究、又はすべての先住民族に関する研究の基礎である。

 

1−2.意味と手順の理解

研究者は、事前に協議し、同意を受ける意味と必要な手順を十分に理解しなければならない。また、アイヌ民族が研究に参画する権利を有する存在としてアイヌ民族に向き合うよう努力しなければならない。

 

2.同意について

 

2−1.同意の取得

研究者は、研究計画の作成において、研究の目的と予想される成果や利益及び悪影響や不利益についても、関係するアイヌ民族個人や地域団体に対して十分に説明し、事前に協議し、同意を得なければならない。

 

2−2.合意文書の作成

研究者は、研究計画の立案においては、研究の基盤となる資料の伝統的知識、伝統的文化表現及び知的財産権について先住民族の継続的な所有権を認識し、アイヌ民族のプライバシー、品位及び幸福を守るよう十分に配慮する。そのため研究者と個人の協力者、または該当する場合には代表団体との間で知的財産権及び著作権の共有について十分に配慮し、必要に応じて合意文書を作成することが望ましい。

 

3.  協議について

 

3−1.研究の協議

研究者は、継続した協議が提案した研究計画に関する合意を確保する上で、またその合意を維持する上で必要であることを十分に理解しなければならない。

 

3−2.進捗状況の報告と共有

研究者は、合意に基づき、研究計画の実施中には、研究の進捗状況について、研究実施に同意を取得したアイヌ民族個人や地域団体に対して報告を行わなければならない。

 

3−3.研究計画の見直しと協議

研究者は、研究に影響を及ぼす可能性のある不測の事態が生じた際には、事前に協議し、同意を受けたアイヌ民族個人と地域団体との間で協議を行わなければならない。

 

3—4.研究の中止

研究者は、どの段階であっても研究実施に同意したアイヌ民族からの研究計画への参画の拒否、または中止の要請があった場合、研究倫理審査委員会の勧告に基づいて中止する。また資料提供者が研究使用の中止を求めてきた場合には、研究者に提供された資料の扱い方について事前に協議し、同意したアイヌ民族個人や地域団体の了承を得なければならない。

 

3―5.研究資料の二次利用について

研究者は、出土した人の遺体や副葬品と文化的、社会的な関係を有する個人や地域団体に対する協議と同意は、資料が採取された時点での同意や、最初にその資料を用いた研究の実施時点に留まらないことを理解しなければならない。研究者は、それらの資料が公表された後において、当初の用途とは異なる目的で利用する場合(二次利用)には、再度、関係するアイヌ民族個人や地域団体と協議し、同意を得なければならない。

 

3−6.人体から取得された試料・情報の二次利用について

研究者は、過去に何からの理由でアイヌ民族個人から取得した試料(血液、体液、組織、細胞、排泄物及びこれらから抽出したDNA等、人の体の一部、死者に係るものを含む)や情報(個人やその祖先や家族に関する情報その他の情報)を用いて、当初の用途とは異なる目的で利用する場合(二次利用)には、再度、関係するアイヌ民族個人や地域団体と協議し、同意を得なければならない。

また再度アイヌ民族個人から試料・情報を取得して研究する場合も同様に、事前に関係するアイヌ民族個人と地域団体と協議し、同意を得なければならない。

ただし、学術的な価値が定まり、研究実績として十分に認められ、研究用に広く一般に利用され、かつ、一般に入手可能な試料から抽出したアイヌ民族個人のDNA並びに解析されたDNA配列データを利用する場合には、この限りではない。

論文やデータベース等で公開されている塩基配列データの取扱いに際しては、公開した機関が求める手続きに従う必要がある。なお、一定量を超える塩基配列データは、個人識別符号とみなされ、個人情報として管理する必要がある。

なお、出土したアイヌ民族個人の遺体及び副葬品を対象とする場合には、本指針の第5章を参照すること。

 

 

第5章 遺跡などから出土したアイヌ民族の遺体及び副葬品の取り扱い

 

1.出土した人の遺体に対する敬意と尊厳を持った取り扱い

 

1−1.死者に対する敬意

遺跡などから出土した人骨を含む人の遺体は、その年齢やその断片性に関わらず、研究の対象とする際には、遺体個人に対する人としての敬意を失ってはいけない。またその取り扱いにあたっては、人としての尊厳を持って扱わなければならない。

 

1−2.アイヌ民族の意思の尊重

遺跡などから出土した人骨を含む人の遺体の取り扱いについては、遺体と関係するアイヌ民族個人や文化的系統性を有する地域団体の意思を何よりも尊重しなければならない。

 

2.歴史的背景への配慮

 

2−1.歴史的背景の理解と配慮

研究者は、過去の植民地主義的な同化政策による抑圧、人種学的研究目的での合意を伴わない人の遺体収集のために、アイヌ民族が自らの祖先の人骨を含む人の遺体や副葬品を用いた研究に対して、敏感かつ批判的であることを十分に理解しなければならない。

 

2−2.研究における配慮

研究者は、時に研究が植民地主義的な歴史の繰り返しや、研究が民族的差別を助長する役割を果たしてきたことについて深く理解し、本指針の第3章第2項にある「研究対象とすべきでない資料」に示された内容を理解し、研究対象として利用可能な出土遺体や副葬品であっても、アイヌ民族が被った歴史的背景を十分に理解し、特段な配慮を持って研究を進めなければならない。

 

3.出土したアイヌ民族の遺体や副葬品の発見の通知と協議

 

3−1.出土したアイヌ民族の遺体や副葬品発見の通知

研究者は、アイヌ民族と関係する人骨を含む人の遺体や副葬品の出土が遺跡で確認された時点で、文化財保護法など関連法規に従い調査を進める必要がある。また平成11年度11月19日付北海道教育委員会教育長通知「出土品の区分」(教文第5212号)に示されているように、近代以降のものであれば、速やかに文化的関係を有するアイヌ民族個人や地域団体に自発的に通知し、血縁者等からの引き取りの有無を確認しなければならない。確認時点で明らかに近代以降の出土遺体の研究試料としての取り扱いについては、本指針第3章第2項を参照すること。また近世以前のものであっても血縁者等からの引き取りの申し出の有無を確認すべきである。

 

3−2.出土したアイヌ民族の遺体や副葬品の取り扱い協議

研究者は、出土した人骨を含むアイヌ民族の遺体や副葬品について、血縁者や文化的関係を有するアイヌ民族個人や地域団体から引き取りに関する連絡があった場合には、その取り扱いを速やかに協議し、アイヌ民族の意向を確認し、その判断を尊重すべきである。

 

4.出土した人の遺体や副葬品を用いた研究

 

研究の実施においては、第3章第2項に示した「研究対象とすべきでない資料」の基準及び、第4章に示した「研究の開始に先立つ協議と自由意思による同意」の項目を参照すること。

 

 

第6章  アイヌ民族に関する研究倫理審査委員会について

 

1.研究倫理審査委員会の設置

 

日本人類学会、日本考古学協会、日本文化人類学会(以下、関連研究者団体)と北海道アイヌ協会は、「アイヌ民族に関する研究倫理審査委員会」(以下、「委員会」とする)を設置し、運営する。

 

2.関連研究者団体と北海道アイヌ協会、及び国の協力

 

2−1.関連研究者団体と北海道アイヌ協会の責務

関連研究者団体と北海道アイヌ協会は、委員会の設置及び運営に関して、以下の点に留意しなければならない。

 

①審査に関する事務を的確に行うこと。

②委員会を継続的に運営する環境を整備すること。

③委員会を中立的かつ公正に運営すること。

 

関連研究者団体と北海道アイヌ協会は、委員会の組織及び運営に関する規程を定め、委員会の委員及びその事務に従事する者に業務を行わせる。

 

2−2.研修の義務

関連研究者団体には、委員会の委員及びその事務に従事する者が審査及び関連する

業務に必要な研究倫理に関する教育・研修を受けることを確保するために必要な措置

を講じなければならない。

 

2―3. 国の協力

国は、委員会に関する事務が的確に行われ、またその継続的な運営が可能と

なるように、関連研究者団体及び北海道アイヌ協会と協議しつつ、必要な協力を行うよう努めるものとする。

 

2−4.委員会名簿の公開

関連研究者団体と北海道アイヌ協会は、委員会の運営を開始するに当たって、審査委員会の組織及び運営に関する規程並びに委員名簿を公表しなければならない。

 

2−5.委員会の開催状況の開示

関連研究者団体と北海道アイヌ協会は、年1回以上、委員会の開催状況及び審査概要について、公表しなければならない。ただし、審査概要のうち、研究対象者やその関係者等の人権、研究者及びその関係者等の権利利益の保護のため非公開とすることが適当な内容として委員会が判断したものについては、この限りでない。 

 

3.委員会の役割

3−1.中立的かつ公正な意見の提示

委員会は、研究者から研究の実施の適否等について意見を求められたときは、本指針に基づき、倫理的妥当性及び科学的合理性の観点に加え、研究者等の利益相反に関する情報も含めて中立的かつ公正に審査を行い、文書により意見を述べなければならない。 

 

3−2.研究計画の変更や中止等の意見の表明

委員会は、上記第3項1の規定により審査を行った研究について、倫理的妥当性及び科学的合理性の観点から必要な調査を行い、研究組織及び研究責任者に対して、研究計画の変更、研究の中止その他当該研究に関し必要な意見を述べることができる。 

 

3−3.侵襲や介入を伴う研究への意見の表明

委員会は、第3項1の規定により審査を行った研究のうち、侵襲(軽微な侵襲を除く)や介入を伴うものについて、当該研究の実施の適正性及び研究結果の信頼性を確保するために必要な調査を行い、研究組織及び研究責任者に対して、研究計画の変更、研究の中止その他当該研究に関し必要な意見を述べることができる。 

 

4.委員会の責務

4−1.守秘義務

委員会の委員及びその事務に従事する者は、その業務上知り得た情報を正当

な理由なく漏らしてはならない。その業務に従事しなくなった後も同様とする。 

 

4−2.中立性及び公正性の確保

委員会の委員及びその事務に従事する者は、第6章第3項1の規定により審査を行った研究計画に関連する情報の漏えい等、研究対象者等の人権を尊重する観点、当該研究の実施上の観点及び審査の中立性や公正性の観点から重大な懸念が生じた場合には、速やかに関連研究者団体と北海道アイヌ協会に報告しなければならない。 

 

4−3.教育と研修

委員会の委員及びその事務に従事する者は、審査及び関連する業務に先立ち、倫理的妥当性及び科学的合理性の審査等に必要な知識を習得するための教育・研修を受けなければならない。また、その後も、適宜継続して教育・研修を受けなければならない。 

 

5.委員会の構成

5−1.委員の条件

委員会の構成は、研究計画書の審査等の業務を適切に実施できるように次

に掲げる要件の全てを満たさなければならず、以下の1から3までに掲げる者については、それぞれ他を同時に兼ねることはできない。会議の成立についても同様の要件とする。 

1)アイヌ民族の立場から意見を述べることができる者が含まれていること。

2)アイヌ民族及びその歴史や文化、社会を検討する研究について識見を有する社会科学・人文学・自然科学・医学の専門家等の有識者が含まれていること。

3)倫理学・法律学の専門家等の有識者が含まれていること。

4)男女両性で構成されていること。

5)5名以上であること。

 

5−2.審査対象者の委員会への参加の制限

審査の対象となる研究の実施に携わる研究者等は、委員会の審議及び意見の決定に同席してはならない。ただし、委員会の求めに応じて会議に出席し、当該研究計画に関する説明を行うことができる。 

 

5−3.有識者からの意見聴取

委員会は、審査の対象、内容等に応じて有識者に意見を求めることができる。 

 

6.会議の成立要件

6−1.定足数

委員会は、委員全員の3分の2を持って定足数とし、開催を可能とする。

 

6−2.全会一致の原則

委員会の意見は、全会一致をもって決定するよう努めなければならない。 

 

7.迅速審査

7−1.迅速審査

委員会は、研究計画書の軽微な変更に関する審査について、委員会が指名する委員

による審査(以下「迅速審査」という)を行い、意見を述べることができる。

 

7−2.審査結果の報告

迅速審査の結果は委員会の意見として取り扱うものとし、当該審査結果は

全ての委員に報告されなければならない。