新しい『アイヌに関する法案』の撤回を求める声明

2019年2月26日

 

少数民族懇談会会長

「コタンの会」代表

清水裕二

は じ め に

 

 2018年12月31日付北海道新聞報道では、アイヌ民族に関する新法案の骨子及び要旨が報道された。また朝日新聞は2月6日付では、法案の概要を報じている。法案の目的では「先住民族であるアイヌの人々・・・」との記述が入った以外は1997年に「北海道旧土人保護法〈廃止〉」に変わり制定された「アイヌ文化振興法=アイヌ文化の信仰並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」と何ら代らないものである。

 

 本法案では「アイヌは先住民族」と“位置付ける”との事だが、法案や条文を通じて具体的な内容は全く見当たらない。「先住民族」と規定するならば「先住民族の権利に関する国連宣言(2007年)」及び「国際人権規約(1966年)」の主旨にしたがわなければならない。即ち自己決定権=自決権並びに土地権などなど・・・、先住民族の古来持っていた権利等を条文に具体的に記されているのが法として常識ではないか。

 

 これでは「アイヌの“誇りが尊重される社会”・・・」は御題目として随所に並べているようであり、アイヌが求めている具体的権利については全く触れていない。しかもこの“誇りが尊重される社会”はアイヌ文化振興法施行の21年間で実現できないことは実証済みである。

 

 画期的な?とも言われる法案提示する政府は、アイヌにとっては悪夢の自体が再度来るようで悲しい世情である。明治政府の1869年以来「北海道150年」のこの間、歴代の政府はアイヌの権利を侵害し、無主の土地=アイヌモシリ全土を持ち主なき土地として取り上げ「開拓移民」に与えた。アイヌが古来より自律的にかかわってきた、土地・生活・自然など総てを破壊した事を鑑みて、その反省をし丁寧に謝罪すべきである。アイヌは差別と偏見を基調とした強制同化政策〈典型的な植民地主義〉の結果「アイヌから民族としての尊厳を奪い」コタンを崩壊させた事に真剣な反省が求められている。

 

 アイヌにとって“悲惨な負の歴史の150年”であり、政府の非道の政策の数々をアイヌ一人ひとりに謝罪すべきである。「アイヌに関する歴史的事実を踏まえて、一般国民への知識の普及及び啓発」をしっかり行うべきである。

 

 その上で以下6点 Ⅰ、主権者は誰なのか ~ Ⅳ、アイヌモシリの土地問題 について法案にどのように盛り込むべきか意見を申し上げます。

 

Ⅰ、主権者は?、誰なのか!

 

 新聞報道によれば、観光を支援し交付金《アメ?》を目玉にしている。その主旨は、アイヌ文化としているが“生身のアイヌ”を観光資源化しようとしているとしか読めない。生身で生活するアイヌの差別と偏見に耐えながら生きる姿、そうした当事者アイヌの姿は見いだせない。いわば生活して生きている姿は全く見いだせない法案であり、“観光アイヌ”の再現法である。つまり、差別・偏見社会を助長しかねない法案である。通常社会に生きる当事者・アイヌの姿は見いだせない空虚極まりない要旨であり、法案骨子〈報道新聞主旨から〉である。当事者主権者(先住民族というなら)として、①生まれながら持っている固有の権利・原理を、そして②何人も法の下の平等(憲法14条①)や個人の尊重(憲法13条)という憲法の理念をもって骨子は作られたのであろうか。③幕末の化外の民認識での対応でしょうか。

 

 私は〈公民権は認められている〉日本国民の一人として、④主権者・当事者対応すら認識されていない法案と思うばかりです。当事者としては、国連決議の「先住民族の権利宣言」すら念頭にない従来の⑤観光アイヌに終始する法案であり断じて容認(私は見世物アイヌ・展示アイヌは断じて拒否)できない。つまりは、主権者の声を無視した施策は国際的に通用しないとの認識を自覚〈政府側 特に北海道アイヌ協会含めて〉すべきである。その上で確認するならば2007年《先住民族の権利に関する国連宣言》に準拠した政策が求められている。すなわち生まれながら持っている自決権=自己決定権はじめ狩猟権・漁業権・古来認められていた生業・生活権など国際的に認知されている情勢で議論される“先住権を深刻に受け止めた法案論議”を期待している。

 

Ⅱ、遺骨返還問題

 

 ①この問題を、共生空間あるいは象徴空間または「テーマパーク」構想として議論されているのは、極めて違和感がある。しかも、白老の象徴空間に盗掘した遺骨を集約してそれで終わりとするのか。その点の検討はされていない。②特にアイヌ人骨・副葬品盗掘に関する責任及び補償や謝罪は問題視しないのは大きな課題である。③盗掘遺骨は、返還要請があるアイヌ(コタン)へ即時返還されるべきであり、④白老の象徴空間へ集中するより、伝統的なアイヌ墓地の運営・一時管理への支援を求める。そして、できるだけ当該遺骨の関係者に返還されるべきである。⑤さらにアイヌの人権蹂躙問題の視点が全く検討されていない。

 

Ⅲ、地域振興問題および交付金制度

 

 この考え方は仮に、アイヌ社会の強化にあるなら生活向上策・営業支援・福祉支援などを実行すべきである。①アイヌを根拠に非アイヌ社会または地域公共事業をするのか。②仮にアイヌの商業活動の支援や生活向上に大いに期待したい。しかし、観光的活動や観光アイヌ育成などはあってはならない。③そしてアイヌの伝統文化の育成や保護など総合的な豊かな生活向上施策がもとめられる。なお非アイヌがアイヌ文化の利用を否定しないが「伝統的知識」の配慮が求められる。

 

Ⅳ、伝統的狩猟権保護問題

 

 ①漁業権特に鮭に関する権利は、アイヌにとって主食的な食料である。生業として鮭狩猟権が認められなければならない。また、鹿の捕獲・鯨の捕獲や森林における採集権など議論検討されるべきである。②生業権の視点から生業規則は、国連の「先住民族権利宣言」はじめ国際的な動きに準じて認められなければならない。また、この点については、報道されるアイヌ新法案には触れておりません。当然再度検討すべきである。

 

Ⅴ、環境問題

 

 「北海道150年」との絡みでは、アイヌにとって悲惨な歴史である。開発・開拓と称する自然破壊は指摘するときりがない。しかも今日でも続けられていることである。①二風谷ダム判決(札幌地裁平成9年3月27日)[国際人権規約〈市民権規約〉27条〈文化的享有権〉]からダム建設は違法とされたが、同一地域に平取ダム建設中である。

 

 ②紋別の産廃施設建設問題や鴻之舞金山の鉱毒による自然破壊 ③屈斜路湖への毒ガス弾投棄・廃棄問題など。国際的には、世界各地で環境保護のため各地住民や先住民族は闘っている。

 

 しかし、アイヌは闘わず静観している状況である。例えば、平取ダム建設により、アイヌの伝統的祈りの場は水没の見通しである。

 

Ⅵ、土地権問題

 

 アイヌにとって根底的な土地権問題があり、国連による「先住民族の権利宣言」から当然検討されるべきである。①「地所規則〈1872年〉」から「北海道地券発行条例〈1877年〉」を歴て、なおも「アイヌの土地総てが官有地第三種と」し、アイヌから土地を取り上げてしまった。②そして本州からの移民との不平等な対応は、国際人権法ルールからも補償の対象とすべきである。③さらに「土地払い下げ規則〈1886年〉」や「北海道国有未開地処分法〈1897年〉」で払い下げ規模は大規模であり「北海道旧土人保護法〈1899年〉」に未開地賦与5ヘクタールとの規模の差は愕然である。④この不正義な土地問題の救済方法について検討されているべきである。⑤この問題解決のためには、「先住民族の権利に関する国際宣言」が示唆している補償アプローチによる事は「世界基準」であり、アイヌ政策の前提である事を認識すべきである。⑥いわゆる「共有財産返還問題」が指摘されるべきである。これには司法的解決がされているかのようだが、杜撰な当局の管理は、「実価主義」に基づき増額評価すべきである。

 

お わ リ に

 

 先般発表されている「新法案要旨」並びに「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」という法案を通読して、当事者アイヌとしては“悔しくて怒り”すら沸々とわき上がります。つまり《観光資源化となるアイヌ》を強調しているとしか読み取れない。そして、そのため観光する側の誇りが尊重される社会の実現ではないか。主客転倒する法案ではないか。換言すれば、《アイヌ文化の担い手である人・アイヌは観光資源化》とし、《アイヌの被った歴史への反省も謝罪もない》法案である。また、国連の「先住民族の権利に関する宣言」に見る先住民族の主権を尊重する「世界標準」から大きく離れている。特に国連の「先住民族の権利に関する宣言」に基づき”土地に関する先住権への勧告”も無視した法案内容である。つまり北海道アイヌ協会は、アイヌの代表権は確認されていない団体であり、情けない内容に万事つきている。従って広く高い見地から早急に法案の取り下げをし、真実のアイヌの声を受けて再検討すべきである。そして、当事者アイヌの多様な意見を組み入れる組織確立が重要です。今法案は即時差し戻すべきであり取り下げるべきと進言し、“厳しい北風にさらすのではなく、優しい太陽の光”を受ける法案をアイヌは望んでいる。