第1回市民会議 2016年4月9日

アイヌ民族の政策諸課題――論点整理の試み

吉田邦彦(北大大学院法学研究科教授)

2016.4.9

 

「アイヌ政策検討会議」発足に際して

 

1.問題背景

 

  • 2005年国連補償ガイドライン、2007年国連先住民族の権利宣言を受けて、2008年の国会決議を経て、2009年の有識者懇談会報告書の下で、アイヌ政策が進行中であるが、実は国際的動向を受けた動きにはなっておらず、2014年国連人権委員会からも勧告を受けるに至っている。
  • 改めて、目下のアイヌ民族政策のどこが問題であるかを明らかにし、社会的に問題意識を共有する必要がある。
  • 国際的眼差しの高まり。グローバル教育化との関係でも、諸外国に対しても、あまり時代錯誤的な先住民族政策を続けていては、恥ずかしく、健全化する必要がある。

 

2.目下の喫緊の論点から――とくに、「北大アイヌ人骨」問題

(1)アイヌ人骨問題

  • 「北大などのアイヌ人骨盗掘問題」・・・これに関連して、2012年9月以来の提訴。
  • 2016年3月に、第1次提訴分について、和解で「コタンへの遺骨返還の道」は開かれる。しかし、慰謝料請求の取り下げ。
  • 白老の象徴空間へのアイヌ人骨移転のプロセスは、進行中。
  • 盗掘についての過去の歴史的不正義を問題としてないことのもどかしさ。和解による慰謝料請求取下げは、その問題を浮き立たせている。北海道各地のコタンの遺骨管理態勢が弱体ならば、それを支えるべく支援するのも、補償救済の意義であろう。
  • *北大から、これだけの歴史的不正義について、《謝罪の一つ》すら聞かれない和解への抵抗感。

 

(2)教科書記述問題

  • アイヌ地の収奪の歴史的経緯については、しっかり教科書叙述していく必要。
  • Cf.逆行する近時のアイヌ記述に関する教科書検定問題。
  • 副読本問題も未解決。高校生用の副読本も、凍結状態で、速やかに刊行すべきである。

 

3.その他の各論的な重要課題

(1)共有財産問題

  • 更なる共有財産調査の必要性。共有財産管理の杜撰さ、その責任問題の究明も。
  • 名目主義(1997年アイヌ文化振興法付則)の変更の必要性。

 

(2)環境汚染問題(先住民族に対する環境的不正義)

  • 例えば、紋別の廃棄物処理場による鮭の遡上への影響。
  • Cf. シラキューズのオノンダガ湖の環境汚染・・・これに関連して、オノンダガ族(先住民族)からの土地返還、環境浄化の訴訟(2000年代半ば)。
  • 二風谷ダム判決の教訓が活かされていない。・・・平取ダムの建設。元の木阿弥状態。二風谷ダム判決を称揚して海外に紹介しながら、そこから導かれる政策的立場を承継しなくて良いのか?研究者が利権に呑み込まれる状態で良いのか?

 

(3)土地の信託管理の可能性

  • 北海道の国有地、私有地(例えば、製紙会社の所有地)について、信託を導入してアイヌ民族への形式的な所有権返還の余地はないか。
  • 例えば、国際的組織の「森林管理協議会」(Forest Stewardship Council[FSC])における先住的権利保護の動き。

 

(4)いわゆる遺伝的・伝統的知識保護(近代的知的所有権法制との不整合)

  • その克服の国際的動き。例えば、南アフリカのCSIR(Council for Science and Industrial Research)(南ア科学・産業研究院)の取り組み。
  • それとの関係で、アイヌ文様、アイヌの薬草文化などをどう保護するか?

 

(5)アイヌ福祉対策

  • 福祉予算をどう充実させるか?従来道の予算でなされてきたが、実際的にも、原理的にも、国の予算が充てられるべきではないか。
  • Cf.「逆差別」(reverse discrimination)という批判にどう答えるか?ネット上のヘートスピーチにどう対処するか?

 

3.総論的・原理的問題

(1)補償アプローチの必要性

  • これらの各論問題を根本的に考えるためにも、総論的・原理的問題解決は不可欠である。
  • 諸外国の先住民族問題においては、当然とられている《補償(reparations)アプローチ》が、上記有識者懇報告書では、意識的に避けられているのが、根本問題である。

 

(2)民主的政策形成及び組織論検討の必要性

  • 手続き的にも、アイヌ民族の頭越しになされる「非民主的アプローチ」を変えていく必要。
  • これは国連宣言などでも最重要視される、先住民族の「自己決定権」(self-determination)が、我がアイヌ民族には、保障されていないこととも関係する。
  • 北海道アイヌ協会の「理事会主義」(会員の頭越しに理事会メンバーだけで決めてしまうと言うやり方)もおかしい。
  • アイヌ民族の組織強化の必要性。
  • 首都圏アイヌなど北海道以外在住のアイヌ民族も糾合する必要。
  • *なお従来から議論がある、民主主義プロセスに関しては、「民族議席問題」がある。

 

(3)教育機関の役割(広く、和人の先住民族支援態勢)

  • 歴史的に人権蹂躙されてきたアイヌ民族の権利保護のために、真の意味での人道的・国際人権法的なスタンスに裏付けられた、教育機関でなければならない。
  • Cf.国・道の旧態依然とした先住民族のコントロールのための理屈の提供という「御用学者」問題への反省の必要性。研究者倫理の問題でもある。
  • 長年の同化主義で周縁化されたわが先住民族の境遇に留意した、自己批判的な和人からのサポートシステムの必要性。

 

(4)国際的連携強化の必要性

  • 例えば、アラスカ大学・アラスカ原住民研究・地域発展学部、シラキューズ大学・スキャノンセンター、ジョージア州立大学などと、先住民族政策を巡る連携ネットワーク作り。
  • 近い将来の計画として、シンポやサマースクールはもとより、北大の学生・院生の連携教育。
  • *北大メディアコミュニケーション研究学院では、この夏(2016年7月)に、オーストラリア国立大学のテッサ・モリス=スズキ教授との連携講義(サマースクール)。
  • 海外からの監視。国際的連携の下での、アイヌ政策の改善。

 

 

(関連文献)

私の近時のものとして、吉田邦彦「北海道強制連行・労働の拠点朱鞠内で《遺骨奉還事業》を考える――補償法学の原点としての『被害者に寄り添う』ということ」Forum Opinion31号(2015)52~60頁、同「近時のアイヌ民族記述教科書検定と所有権問題――先住民族への過去の不正義補償との関連で」Forum Opinion31号(2015)69~77頁、同「アイヌ民族補償の現況と課題――諸外国の先住民族補償(とくにアラスカ原住民の場合)との比較で」久摺14集(2016)(近刊)

 

著作として、吉田邦彦・東アジア民法学と災害・居住・民族補償(前編)(民法理論研究5巻)(信山社、2015)第6章、同・多文化時代と所有・居住福祉・補償問題(民法理論研究3巻)(有斐閣、2006)第7章。