北海道アイヌ政策推進方策(素案)に対する意見書

2021年3月2日

 

アイヌ政策検討市民会議

(代表 丸山博)

 

1980年代、北海道は当時の北海道ウタリ協会の「アイヌ民族に関する法律(案)」を受け止め、それをアイヌの人たちと議論して一部修正したものを法律として制定するよう国に働きかけたことがありました。しかるに、今回の北海道アイヌ政策推進方策(素案)は、アイヌ政策の出発点である歴史認識について、日本がアイヌの土地(北海道、千島、樺太)を植民地化し、先住民族アイヌに対して行った数々の不正義についての真摯な反省、謝罪が示されていません。また、世界は2007年に国連で採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(以下、国連宣言と略称)の実現に向けて取り組んでいるということも共有されていません。私たちは、国連宣言の実現を求めるアイヌの人びとはもとより、世界中の市民社会と連帯し、先住民族の自己決定、土地や資源などへの権利の回復をグローバルアジェンダ(世界が力を合わせて共通に取り組むべき課題)ととらえ、四つの観点から、北海道のアイヌ政策の転換を求めます。

 

先住民族政策としてのアイヌ政策を

 

政策とは、そもそも目標(理想)を掲げ、それを達成するために中長期的施策と短期的施策を組み合わせ、定期的に評価をしながら施策を修正し目標を達成するものです。しかしながら、北海道のアイヌ政策においては、国に先んじて1961年からはじめてきたものの、目標、施策と評価が構造化されておらず、施策が目標に照らして有効であったかどうかを評価することなく次の施策が施行されてきました。先住民族問題の歴史性、国際性を考えれば、北海道は北海道アイヌ協会、紋別アイヌ協会、樺太アイヌ協会、少数民族懇談会、アイヌ女性会議、ラポロアイヌネイションなどのアイヌ諸団体から推薦された専門家からなる専門委員会を設置し、施策の評価を行う必要があると考えます。また、北海道のアイヌ政策を内容に即してみれば、その重点は福祉対策から文化対策を経て地域振興対策へと変遷しているだけであり、北海道ウタリ協会が求めた「アイヌ民族に関する法律(案)」のような先住民族政策からはかけ離れています。アイヌを含む世界の先住民族は国連宣言や国際人権規約、人種差別撤廃条約に基づく権利の保障を踏まえた先住民族政策を要求してきました。日本政府は国連宣言を採択した以上、その条文にしたがいアイヌ政策を先住民族政策として進める責務があります。北海道は、北海道の歴史性に鑑み、国より一歩先んじて先住民族政策への転換を図るべきなのです。上記の専門会議はこのような動きを進める上でも不可欠だと思われます。

 

アイヌ遺骨返還への積極的な取り組みを

 

アイヌ遺骨の大部分は、多くのアイヌの人びとの願いに反し、非倫理的なアイヌ遺骨研究を行ってきた北大や東大など12大学が国と結託してウポポイに慰霊施設を作り、「集約」されました。その研究の問題点はいまだに明らかにされていないどころか、アイヌ遺骨研究をつづけたいと公言する研究者もいます。現在、ウポポイの慰霊施設には管理規定はなく、「集約」されたアイヌ遺骨の取り扱いは不明です。こうした事態を懸念し、平取アイヌ協会は平取町と昨年10月末に覚書を交わし、平取町内に保管・埋葬しているアイヌ遺骨、副葬品に関する調査・研究の実施または関与を拒絶し禁止しました。また北海道に存在する博物館にも100体を超える遺骨が見つかっているにもかかわらず、北海道のアイヌ政策はアイヌ遺骨返還への言及も一切ありません。「未来志向によるアイヌ政策」(「北海道におけるアイヌ施策を推進するための方針」令和元年10月29日決定 1頁)を進めるのであれば、北海道は、国連宣言12条や19条などに基づき、当該アイヌの個人や団体を支援し、アイヌ遺骨返還問題に積極的に取り組み、すべてのアイヌ遺骨の返還及び再埋葬を実現してはじめて、目標とする「アイヌの民族としての誇りが尊重される社会の実現」が日の目を見るのではないでしょうか。

 

先住民族アイヌの漁業権の回復を

 

2019年9月1日、北海道は、水産資源保護法28条と北海道内水面漁業調整規則52条に反し、北海道知事に無許可でカムイチェプノミ(アイヌのサケを迎える儀式)のためのサケを取ったとの理由すなわち密漁のかどで、紋別アイヌ協会の畠山敏会長ら2名を告発し、道警を通して家宅捜索や任意の聞き取りなどをしました。その後、道警は旭川地検に書類送検をし、昨年6月末、旭川地検は畠山会長らのサケの捕獲を不起訴処分としました。日本政府がアイヌ施策推進法(2019年5月24日施行)においてアイヌを先住民族として明記したにもかかわらず、北海道は内水面でのサケ漁の禁止を謳う水産資源保護法と30年以上も前に制定した北海道内水面漁業調整規則52条をアイヌ民族に適用し、畠山会長らが行ったアイヌの伝統儀式に密漁の汚名を着せたのです。しかも、それを旭川地検が不起訴として問題を曖昧にしました。北海道はこうした一連の問題に対して、アイヌ文化におけるサケの重要性と法体系の矛盾という観点から検討しなければなりません。

 

私たちは、このような矛盾に対し、畠山会長の行為が国際法(国際人権規約自由権規約27条、同社会権規約15条1(a)、人種差別撤廃条約、国連宣言11条、19条など)に照らして正当であると主張し、再三北海道知事に意見書を送ってきた(アイヌ政策市民会議ウェブサイト)ものの、なしのつぶてです。そもそも紋別アイヌ協会の畠山会長は、2007年に国連宣言が採択されて以降、サケやクジラなどに関する先住民族アイヌの漁業権を求めて北海道知事に働きかけてきました。しかし、北海道は話し合いのテーブルにもつこうともしませんでした。したがって、畠山会長は、やむにやまれず、問題提起のために知事に無許可でサケ漁を行ったのです。その主張に呼応して浦幌町のアイヌの団体「ラポロアイヌネイション」が長い間の準備期間を経て行動を起こしました。2020年8月17日、国と道を相手に、先住民族として伝統的に占有してきた土地や資源を利用する権利を求めて札幌地裁に提訴したのです。北海道は、国際法に基づき、先住民族アイヌの漁業権を保障するため、当該アイヌ団体との対等な協議の場を設け、国にも働きかけて、水産資源保護法28条及び北海道内水面漁業調整規則52条を早急に改正すべきだと思います。

 

差別禁止条例の制定を

 

1997年、国連の人種差別撤廃委員会は、先住民族の権利に関する文書(General Recommendation 23)において、締約国に対し、五つの事項の履行を求めています。(1)先住民族の独自の文化、歴史、言語、生活様式を認め、敬意を払い、それらの維持を促進すること、(2)先住民族を理由に差別を受けないよう保証すること、(3)先住民族が文化的特性を踏まえた経済的社会的発展を持続的に行うことのできる条件を整備すること、(4)先住民族の権利や利益に直接関係する決定には彼ら/彼女らに十分な情報を与えた上での同意が不可欠であることを保証すること、(5)先住民族社会が文化的伝統や慣行を実践/再生し、言語を保存し使用する権利を有することを保証すること。なお、人種差別撤廃委員会は、法的拘束力を有する人種差別撤廃条約を日本を含む締約国が遵守し、それに沿って国内法を整備する義務を果たしているかどうかをモニタリングするために設けられた機関です。

 

2018年、同委員会は、日本政府の第10次、11次の報告書に対する最終見解(CERD/C/JPN/CO/10-11) において、アイヌ民族に関して四つの勧告を行っています。(1)雇用、教育、及び行政等のサービスへのアクセスにおけるアイヌ民族への差別を撤廃する取り組みを強めること、(2)現在の取り組みの実施状況や影響をモニタリングし、アイヌの生活水準の向上に向けて行った方策に関する具体的情報を次の報告書に書くこと、(3)アイヌ民族の土地や資源への権利を保障する方策を進め、文化や言語への権利の実現に向けてより一層の取り組みをつづけること、(4)アイヌ政策に関係する会議でのアイヌの委員の割合を増やすこと。加えて、現在のヘイトスピーチ解消法について、あらゆる民族的マイノリティを対象とし、ヘイト犯罪も含め人種差別を禁止する包括的な法制度をつくるよう、強く勧告しています。北海道のアイヌ政策を前進させるには、北海道は、国連宣言はもとより、人種差別撤廃委員会や国際人権規約の人権委員会など国連のモニタリング機関が定期的に締約国に対して行う勧告を遵守し、先住民族アイヌの権利を保障するとともに、深刻化するネット上でのアイヌヘイトの問題の重大性を認識し、アイヌを含むマイノリティへのヘイトスピーチに終止符を打つべく人種差別禁止条例を制定すべきではないでしょうか。

 

具体的な施策:

 

1 アイヌ政策専門委員会の設置

 

アイヌ諸団体の推薦する専門家からなる専門委員会をつくり、国連宣言など先住民族に関する国際文書を踏まえて、施策の評価を定期的に科学的に行う。

 

2 アイヌ遺骨の返還、再埋葬への積極的な取り組み

 

北海道の博物館に「保管」されているアイヌ遺骨の返還及び再埋葬について、国連宣言12条や19条に基づき、当該アイヌの個人または団体の意向に沿って行う。また、ウポポイの慰霊施設のアイヌ遺骨の返還、再埋葬についても、国や大学だけに任せるのではなく、イニシアティブをとって問題解決に向けての取り組みを行う。

 

3 アイヌの漁業権の保障

 

国際法に基づき、先住民族アイヌの漁業権を保障するため、当該アイヌ団体との対等な協議の場を設け、国にも働きかけて、水産資源保護法28条及び北海道内水面漁業調整規則52条を早急に改正する。

 

4 人種差別禁止条例の制定

 

北海道は、国連宣言はもとより、人種差別撤廃委員会や国際人権規約の人権委員会など国連のモニタリング機関が定期的に締約国に対して行う勧告を遵守し、先住民族アイヌの権利を保障するとともに、深刻化するネット上でのアイヌヘイトの問題の重大性を認識し、アイヌを含むマイノリティへのヘイトスピーチに終止符を打つべく人種差別禁止条例を制定する。

 

 

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アイヌ政策検討市民会議(代表 丸山博)

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